高次元な工事現場から中継です

「神との対話」なフリして自己主張

夢のガラポン 〜私は27歳で死にました

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書き残しておきたいこと

今から書くことは

ひょっとしてひょっとせんでも

オマエ頭大丈夫か〜?

と言われそうなことなのですが

書き残しておきたかったので

ちょいと書き残しておきます。

 

私は27歳で死にました

先月、52歳になった私ですが

おそらく27歳で一度死んでます。

・・・あああ、だからさ!

頭大丈夫かって言われるかも?

ってエクスキューズしたじゃん!(笑)

幼少より父親からの虐待に苦しみ

18歳で就職して

ほどなく家を出た私ですが

母親が癌になって入院し

家事もろもろをこなすために

実家に戻ることになりました。

その母親は私が25歳のときに

亡くなりました。

当然、第二回「家出」を敢行(笑)

ただ、この家出、私にもそれなりに

知恵がついてまして・・・

発作的に、賃貸に逃げるのはやめよう!

マンションを買おう! と思い

死後即家出、ではなく

大嫌いな父親のご機嫌をとりながら

実家に居座りつつ

(生活費は入れてましたけどね)

地味〜に貯金をしておりました。

が、恐怖の刻限が迫ってきました。

父親の定年退職です。

わりと欠勤がちな父親でしたが

(だってアル中なんだもの。苦笑)

それでも出勤して家にいない時間は

私にとって、ほんとうに

リラックスできるひとときでした。

それがあるからこそ

ご機嫌取りも頑張れたんです(笑)

それがなくなったら

包丁を握りしめる日も遠くない。

ヤバス!!

 

この世に生を受ける前の話

そんな精神状態で

日々過ごしていた頃

不思議な夢を見ました。

それは私がこの世に生を受ける前の

今とは違う次元の世界の話。

人はこの世に生まれる時に

寿命を決めて生まれるという。

で、その決定権は

ガラポンみたいなものを回して

出て来た球に書かれた数字にあるという。

・・・なんだそりゃ、と思ったんですけど

私が回したガラポンから

「27」

という数字が出て来たのです。

そして、そのとき

「27年しか生きられないのかよー。

 ショボイなーw」

って思ったのです。ハッキリと。

 

毎食5品のオカズをつくっていた私

母親が生きていた頃は

私、糖尿病の父親と

食べ盛りの弟のために

毎日最低5品のオカズ

フルタイムの仕事をしながら

つくっていました。

この二人の食べる物が

違いすぎるために

5品以上つくるしかなかったんです。

さらに母親にも

「カレイの煮付けが食べたい」

とか言われれば即煮付けて

病院に届けていました。

この頃の私は、スーパー主婦でしたよ。

残業必須、休日出勤アリ!

のフルタイム勤務だったのに。

ま、20代前半の頃だったので

体力だけでこなせてしまったのです。

 

27歳になってできなくなったこと

それが、母親が亡くなったことにより

母方との親族と疎遠になり

漁師町に住むその親族から

たまにもらう「魚」の配給がストップ。

弟が就職のため家を出て

最低5品のオカズをつくる生活も終了。

もともと、魚のウロコとりや

内臓の処理もできていましたし

仕事から戻ってから

オカズ5品一気つくり!

とかもできていたのに・・・

27歳頃を境に

できなくなってしまいました。

いやもう、絶対別人よ

過去の私(笑)

そしてこの頃に、

新築マンションの

購入契約をしたのです。

 

27歳以降の私のほうが好き

こう書くと、

27歳までの私のほうが

よくデキたイイ女っぽいですが

自分的には

27歳以降の自分のほうが

はるかに好きです。

マンションも手に入ったし(笑)

顔つきも変わりました。

つねにイライラしていて

周囲の人間すべてを憎んでいた私は

ずいぶんおだやかな性質になったのです。

 

今思えば、あの夢のガラポンは

おまえの苦しいのは27歳までだから

それまではなんとか生きろよ〜

というお告げだったのかもしれません。

 

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関係ないけど

玉子焼きをつくると

そのときの精神状態がわかります。

イライラしてると

ぜったいに巻けないんですよ、私。

この玉子焼きは、

なかなか好調な私の証明です(笑)