白髪姫と七ヶ月の格闘たち

思い立って、白髪染めから卒業しました。おそらく七ヶ月でグレイヘアになってるハズ。挫折防止のために、ここに記録を残します。

毒親育ちはフリークスなのか? 〜グレイテスト・ショーマンを観て

IMAXで、グレイテスト・ショーマンを観てきました

 グレイテスト・ショーマンを観てきました。

 人生初の「IMAX」で、超ド迫力の臨場感あふれる大画面と、臨場感あふれる音質で楽しんできました。ミュージカルのような映画ですので、舞台感が味わえたら最高かな、と思って。

 結果、舞台感はもう最高!! はじめての「IMAX」この映画で良かった! と心の底から思いました。映画の世界の中にのめり込める感、素晴らしかったです。字幕は読み辛かったですけど(汗)

 内容的には「バーナムさんを美化しすぎw」なきらいもあるのですけど、前情報一切ナシで観るのなら、自分の感覚だけで楽しめると思います。

 さらに、この映画は観る方のこれまでの人生経験によって、視点がかなり変わってくるんだろうな、とも思いました(どんな映画にでも言えることですけどね〜)

 

 

 

毒親育ちはフリークスなのか?

 映画の中では「ユニークな人!」として募集されたフリークスたちが表舞台に出ることになるのですが、それは見方によっては

「バーナムの道具にされた!」

 のかもしれません。

 でも私自身、今でこそ堂々と言える「毒親育ち」なものですから、道具でもなんでも、自分自身が納得できる生き方が出来るなら、多少の不利益なら甘んじて受けるよな、と自然と思えたりするのです。

 今から30年くらい前ならば、親に虐待されてます、って主張するだけでフリークスの扱いを受けたものです。

 実際、私はそんな扱いを受けました。心の中で歯ぎしりをしながら、人間なんて誰も信用できない、と悔し涙と呪いにも似た怒りを暴発寸前まで抱え込んでいました。

 親に愛されている幸せな人間はみんな苦しんで死ねばいい! と本気で思っていましたよ(苦笑)

 

誰だって愛される権利がある

 この映画の中では、フリークスたちの居場所にある「愛」バーナムさんの家族に対する「愛」(映画内で描かれている出自を見る限り、もう一山、見捨てられ不安系の何かを描いても良さげとも思いましたが、それやると映画がボケちゃうか。笑)・・・などなど、結局のところ「愛」の映画なんだよなーと感じました。

 前提とか条件とか選別のない、愛。

 

 ふと、先日、R-1グランプリで優勝した濱田祐太郎さんが脳裏をよぎりました。

 彼のことをフリークスと言う気はありません。だけど、潜在的に、そう思ってる人やそう感じてる人、残念ながらいると思うんです。でも、濱田さんは、カラッとそれらの空気を「笑い」でフッ飛ばしました。私、新しい時代キターーーー!! って本気で嬉しく思いました。

 濱田さん、LOVE!! めっちゃ好き!!

 なーんて安っぽい表現もどうかと思うんですが、とにかく彼の功績には最大のリスペクト。

 

自分自身が何をしたいのかどう生きたいのか

 結局、この映画で私が最も強く感じたことは、誰に何を言われようが、環境がどうであろうが

自分自身が

何をしたいのか

どう生きたいのか

 それが一番大切なんだよ、ということ。

 

一番、大切なんだよね。

 

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